心のオアシス
心のオアシス 2024年9月22日
各キリスト教会はそれぞれの特徴や強調する部分は違うが、聖書を土台としているなら、キリストの体のどこかの肢体を支えているということになる。パウロ風に表現するならば、目が手に向かって「あなたは必要ない」とは言えないし、頭が足に向かって「あなたは必要ない」とも言えないように、個性の違う相手を批判することは愚かなことである。すべての教会を集めるとキリストの体になるということであろう。
関西カルバリーフェローシップの礼拝の特徴は、教会初心者にとって居心地の良い環境を作るよう努力することである。それは第一コリント9章を要約すると「ユダヤ人を得るためにユダヤ人のようになり、未信者には未信者のようになり、弱い人には弱い者となった。なんとかして幾人かを救うためである。福音のために、わたしはどんな事でもする。私も共に福音にあずかるためである」とあるが、聖書のメッセージは語りつつも初心者の立場に立って違和感を与えないようにする。その工夫については以前にも書いたことがあるので割愛するが、その努力の甲斐あってか、ある方から「初心者を連れて行きやすい教会」と評価してくださった。あるメンバーからは「もう開拓を始めて10年以上も経過し、ある程度の人数も加えられてきたのに、まだ“開拓”と言うのですか?」と問われたことがある。私の答えは「はい」である。“初心者を得るために初心者に配慮する”というのは何年経過しても人数が増えても同じであって、それは開拓当時の心構えをいつまでも持っていたいということの表れである。牧師が変われば、また違う個性の教会になっていくであろう。それも受け留めていく必要がある。
先日、琵琶湖で洗礼式を行なった。実は浸礼(全身を水に沈める)は、礼拝後会衆を解散した後で行なわれることが多いが、滴礼(頭に水をつける)は礼拝の中で短時間に行えるので新来会者もそこに立ち合うことができ洗礼式を見る良い機会にもなる。私たちの教会では滴礼と潅水礼(頭に水を注ぐ)をミックスして行なっている。先日は川か湖での受洗を希望する方がいたので琵琶湖まで行った。「福音のためなら何でもする。」
心のオアシス 2024年9月15日
夏休みが終わり小学校の新学期が始まり、朝の登校時の旗振りの配置移動があった。これからは花園チャペルの前の広い道路から裏の倉庫に入るための抜け道付近に立つことになった。そこには横断歩道もなく前々から小学生が横断するのは危険だと感じていた場所である。旗振りの初日、一人の3年生位の男の子が私の前を通り過ぎてから振り向いて「この場所に立っていてくれると安心できます!」と敬語でお礼を言ってくれた。私は小学生からそのような言葉をかけられることを想定していなかったので驚きと共に感動しながら「そう言ってくれるからここに立っていて良かったよ~」と返答した。後で校長先生にそのことを報告したら「それってウチの子が言ったんですか?!」と驚いておられた。
私たちは人生の不安や心配な道に立って「恐れないでいいよ。心配しなくていいよ。何とかなるから!」と声をかけて支えてくれたら、また何も言わなくても共に歩き身を挺して危険から回避させてくれる方がいたら、あるいは歩けなくなり倒れ込んでしまう時、抱き上げて代わりに歩いてくれる方がいたらどんなに励ましになるだろうか?
詩篇121篇に「わたしは山にむかって目をあげる。わが助けは、どこから来るであろうか。わが助けは、天と地を造られた主から来る。主はあなたの足の動かされるのをゆるされない。あなたを守る者はまどろむことがない。見よ、イスラエルを守る者はまどろむこともなく、眠ることもない。主はあなたを守る者、主はあなたの右の手をおおう陰である。昼は太陽があなたを撃つことなく、夜は月があなたを撃つことはない。主はあなたを守って、すべての災を免れさせ、またあなたの命を守られる。主は今からとこしえに至るまで、あなたの出ると入るとを守られるであろう。」とある。これは表題が「都上りの歌」となっているのでエルサレムに巡礼の旅の途中で歌われたものである。エルサレムは天の御国の型として表現されるが、私たちも天の御国に向かって歩む旅人である。この地上での歩みをしっかりと支えてくださる方がいるなら安心できる。創造主を信じる者は、たとえ死の陰の谷を歩むとも恐れる必要はない。
心のオアシス 2024年9月8日
先日の台風は“迷走台風”であった。ことごとく予報が外れ、日本列島縦断どころか途中で熱帯低気圧になり消えてしまった。気象予報士の話によると台風はそれ自体で進路や速度を決めることはできないようだ。上空の風や台風周辺の気圧配置の影響を受けて動くとのこと。今回はそれらの条件が複雑だったので迷走したのだろう。人もそれぞれの時代の様々な情報や価値観、文化の影響を受けて迷走している。なぜならこの地上に属するものはすべて複雑に変化していくからだ。もしこの地上に属する生き方をし続けるなら、最後には何も残らないであろう。
私たちの教会の若者がキャンプに参加して主に触れられ劇的変化が与えられた証によって主は確かに今も生きて働いておられる確証となった。この世の栄華を極めつくしたソロモンは、伝道の書の中で「それらのいっさいは空(くう)である」と告白し「あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ」と勧めている。特に若い人たちは様々な刺激を求めたがり、周りの影響を受けやすい。しかしそれらを得て一時的に満足してもいつも心に虚しさや空虚感が残る。なぜなら時間と共に変化していくそれらのものでは本当の意味で心を満たすことはできないからだ。
私たちは何か大きな出来事や変化を期待するが、必ずしも爆発的な何かがないといけないわけではない。神さまのやり方は千差万別だからである。2千年前、聖霊が注がれ一同が異言を語り始めるということもされたが、必ずしも同じようなことがすべての教会に起こっているわけでもない。しかし穏やかではあっても主に触れられた人は確実に変化している。先日ある人が「自分の中に大きな変化があるわけでもなくて、このままでいいのだろうか?」と葛藤を覚えているというお話しを聞いた。造り主なる主を信じる者には聖霊が確実に働かれるが、その証拠としてこの“聖なる葛藤”が生まれるのである。神を信じる前は、この世に染まっても罪責感はなかったのに、信じてからは何か違和感を覚え「今のままの自分ではいけない」という葛藤が生まれる。これが“聖なる葛藤”なのである。これも聖霊のお働きの一つである。キリスト体験しよう。
心のオアシス 2024年9月1日
この世には様々な個性の人がいて成り立っている。必ずしも自分と相性が良い人ばかりではない。中には積極的な人もいれば消極的な人もいる。強い人もいれば弱い人もいる。頭を使うことが得意な人がいれば体を使うことが好きな人もいる。個性が統一されていたら世の中回らなくなってしまう。強者ばかりがいても混乱が生じるであろう。弱者あっての強者であり、強者あっての弱者である。問題はそれぞれが批判しあうところにある。それぞれを受容し認め合う社会になれば、どれほどこの世は住み心地良くなることかと思う。しかし“自分”が中心になり“自分”が基準になるとなかなか難しい。
私は昔、教団教派があるのはキリスト教会の堕落した姿だと思っていた。しかし今はキリストの体の各肢体としての個性だと考えるようになった。だから“目”の働きをしている部位が「見えていないから手は必要ない」とは言えないのである。それぞれが独特な働きをすることによって一つの体が形成されている。他者を批判するエネルギーがあれば、その分、宣教の働きに注いだ方が主に喜ばれるであろう。
ある牧師がこんな質問を受けた。「どうしてイエスさまはイスカリオテのユダのような裏切る人間を弟子にされたのですか?」この質問に答えを見つけることができず、少し研究してから答えると返答した。その後、その牧師はみことばを詳しく調べ研究したが満足のいく答えが得られなかった。そんなある日、この問題についてもう一度黙想していたとき、ふと他の質問が心に突き刺さった。それは「何故ユダのような人を?」ではなく「何故、主は私のような人間を主の僕として選ばれたのか?」と自分に向けたものであった。その時、言葉を失い、溢れ出る涙を抑えることができなかった。名誉やお金や人気を求める自分の姿は、まさにイスカリオテのユダそのものであった。主は間違って選ばれたのではなく選ばれた者が自分中心に生きていることが問題だということに気づき、
その日以来、この牧師は変化し教会全体も変わっていったとのこと。
「神の恵みによって、わたしは今日あるを得ているのである。」(Ⅰコリ15)
心のオアシス 2025年8月25日
本日をもって午後4時半からの堺チャペルの礼拝は休止となり9月から花園チャペルへ合流ということになった。堺チャペルはキッチンIMUという韓国料理店の二階を礼拝堂として店長のイムさんが提供してくださっていたが、終活も含めて閉店する決断をされた。7年間、場所を提供してくださったことに感謝したい。花園チャペルの午後礼拝後すぐに車で堺へ移動しての礼拝ではあったが、いつも恵まれてご奉仕させていただけた。祈られていることを肌で感じることができた。先日、ある方は「堺チャペルがあったからこそ信仰に帰ることができました」と話しておられた。「これで負担が減りますね?」と言われることがあるが、私としては宣教の働きは負担ではなく喜びであった。運転好きな私の40分位の移動時間はストレス発散になる良い時間でもあった。また神さまからの強い導きがあれば他所での礼拝もなくはない。とにかく“主は与え、主は取られる”お方である故に、取られたことにも神さまの次なる深いご計画と目的があると確信しているので楽しみにしている。
この信仰はどこから出てくるのか? それは私たちの教会の歴史が物語っている。使用していた場所が閉ざされる度に、主は新たな、しかももっと良い場所を備えてくださってきた。9年間使用させていただいた石切チャペルを出なければならなくなってから約10か月の間、場所を探したが4箇所の手の届きそうな土地が契約直前でダメになった。そして石切チャペル使用期限残り1ヶ月にして、価格面と場所的にも眼中になかった花園の土地が候補地として残った。そこに行って何度もお祈りしたところ、下校時に子どもたちが沢山通る姿を見てビジョンが与えられ、その時に会計の蓋を開けると、探してはダメになっていた10ヶ月の間に、何とその土地と丁度の額の献金が与えられていたのである。ベストは尽くしながらもなかなか決まらない不安な時期さえも神さまは用いて、主の計画を水面下で進められていたのである。神さまのくすしき御業を今でも忘れることはできない。この体験の積み重ねが今の信仰に繋がっている。我々の不安な期間さえも、主は着々と最善を進めておられる。
心のオアシス 2024年8月18日
花園チャペルの会堂は、ダイワハウスがモデルケースとして通常よりもかなり安価で建ててくださった。その経緯は過去のメッセージや文章などでも語っているので割愛させていただくが、60年保証付きということもあり手抜きはできないし一流メーカーのプライドもあってかドアや窓などの建具は、ある一定のレベルの物しか使用しない。設計時に設備などの細かい打ち合わせはしたが、あまりにも量が多すぎて何を選択したのかも記憶に残っていない。ほぼメーカー側の経験値に委ねてお任せした物も多かったように思う。恐らく仕様説明書にそれぞれの細かい説明が記載されているとは思うが、分厚い資料を全部読みこなすことは困難である。とにかく普通に使用をして、この2年間の使い心地は満足している。しかし献堂してから二点ほど小さな不満があった。それは「執務をする場所」と説明していた牧師室のダウンライトの色が電球色(オレンジ色)で暗い感じなのである。使用始めて一年ほどしてから、たまたまスイッチのON・OFFを二回連続で繰り返した時に昼白色(自然光色)になり明るくなった。もしやと思い三回連続で繰り返すと昼光色(太陽光色)となり更に明るくなって求めていた光量になった。一年間その機能を知らないまま過ごしていたのである。
もう一つの不満はキッチンの流しの手元が何となく薄暗い感じがあった。昭和的には台所の流しの上あたりにある紐を引っ張ると電気が付いて手元が明るくなるというイメージがあった。しかし頭上にある物入の下にはそういった紐や器具が付いてないのである。ある信徒の方も同じように感じていたのか電器を付けることを提案してこられた。ところがその日の午後、付ける場所など模索しておられた時に、フラットだと思われていた物入の底の部分に何か小さな突起物があるのを発見、それは電気のスイッチであった。それを押すと物入の底に埋め込まれていた灯りが付いたのである。二年間知らないまま過ごしていたのである。
主は私たちの問題よりも大きなお方。私たちには見えなくとも、大いなる恵みを注いでくださっていることを発見する人生でありたい。
心のオアシス 2024年8月11日
先日3日間連続で行われた花園チャペルのキッズスペシャルは、とても意味のあるものであった。初めてチャペルに来た子どもたちが何人もいた。“宝さがし”がテーマであったが、御言葉を覚えたりゲームやダンスをする度に光る石やダイヤ、コインなどがもらえて透明の宝箱に入れていくと綺麗なグラデーションが出来上がっていく。3日間全部参加するとケースがいっぱいになりワクワク感が高まる。内容もよく考えられたもので、子どもたちは「神はそのひとり子を賜ったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである」(ヨハネ3:16)をプログラムの節目節目で、少しずつ暗唱していき最終日には全部を暗記できるように導くのである。全員が覚えることができた。メッセージも素直に受け入れていく。子どもたちの姿を見ながら「心を入れかえて幼な子のようにならなければ、天国にはいることはできないであろう」(マタイ18:3)というイエスさまの言葉が心に響いた。私たちは大人になり知恵や知識が増してくると聖書に書かれていることをそのまま信じることが難しくなってくる。自分に都合よく解釈したり、科学的に証明されていないことは受け入れがたくなる。
神が与えると言われた土地に入ったイスラエルの民は、そこで落ち着いた生活ができたわけではない。先住民と戦いながら一歩一歩自分の土地としていかなければならない現実があった。同じように私たちもこの地上での歩みは戦いである。この世の知恵知識やモラル観が、私たちの“信仰”に戦いを挑んでくる。しかし既に神のものとなっている私たちがこの地上において求められていることは、“神のもの”と思わせないようにする様々な敵を“信仰”によって勝ち取っていくことである。
ある小学生の女の子の好きなみ言葉がある。「あなたがたの会った試練で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試練に会わせることはないばかりか、試練と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えてくださいのである」(Ⅰコリ10:13)
これを握れば困難は何てことない。日々神さまからの宝を発見しよう。
心のオアシス 2024年8月4日
今礼拝ではヨシュア記から連講しているが、毎回興味深いことだらけである。語っている私が言うのであるから聴衆も同じように感じておられるであろう。民数記や申命記では、イスラエルは目に見える火の柱・雲の柱に従って歩み毎朝積もっているマナを食べて生きてきた。荒野での40年の生活の後、ようやく辿り着いたヨルダン川の向こう岸に主が与えられた土地を前にしてリーダーであったモーセが息絶えてしまった。後継者のヨシュアが民を引き連れて約束の土地に入ってからは、今まで頼りにしていたモーセは召され、火の柱・雲の柱はなくなりマナも降るのが止んだ。これは“信仰”の時代に入ったことを表している。目で見えているものを頼りにするのは信仰ではない。しかし見えないものをあるかのようにして歩むことが信仰なのである。
入ったカナンは神がイスラエルに与えると約束された土地であったが、先住民との戦いがあった。これはキリストを信じた者の、この地上での歩みを表している。すなわちルカ17章でイエスさまは「神の国は、実にあなたがたのただ中にある」とおっしゃった。しかし神の国がもうあるというのなら、どうして苦しみや戦いがこの世にあるのか?という疑問が起こる。主を信じても、まだ先住民ならぬ“肉”が残っていて、肉と新しくされた霊との葛藤が起こるのである。信仰に生き始めたイスラエルの戦いを、神を信じる者のこの地上での戦いと重ね合わせることができる。イスラエルの民がどのようにそのジレンマを乗り越えてきたかを学ぶことを通して、この地上での生き方を学ぶことができる。
先住民が住んでいたのに追い出すなんてイスラエルは残忍だと思われるであろう。しかし当時のカナンに住んでいる人たちを調べると、想像絶するありとあらゆる悪で満ちていた。ノアの時代は洪水で一掃されたが、ヨシュアの時代は一つの民族(イスラエル)を用いて一掃しようとされたのである。エリコの城壁が崩れた時の状況は、まさに黙示録に描かれている主の来臨の時の最後の審判を彷彿とする。
「主の名を呼ぶ者はみな救われる」(使徒行伝2章21節)
心のオアシス 2024年7月28日
イスラエルの民は紀元前約500年頃、バビロン捕囚から解放され神殿再建をすることが彼らの願いであった。しかし敵の妨害によって長くそれが中断されていた。エルサレムに帰還した指導者を励まし神殿再建を進めさせた時の神の言葉が「権勢によらず、能力によらず、わたしの霊によるのである」(ゼカリヤ書4:6)であった。“権勢”とは集団的な力で、“能力”とは個人的な力を表している。しかし神はそれらの力ではなく“神の霊”によって可能になることを教えられた。この言葉は14年前に開拓を始めた時に与えられたものであるが、それを握ることによって自分の能力や自分の手持ちを気にすることなく主の道具となりきることができた。当時から「会堂を建てましょう!」ではなく「神さまが必要なら直ぐにでも会堂を建ててくださるでしょう。今は借りた部屋で礼拝することを主が望んでおられますから、それに従いましょう」と話していた。そして12年目にして主は100名入る美しい会堂をお建てになった。
9年間お借りした石切チャペルでの宣教では知恵は尽くし大人は少しずつ増えていったが小学生は全く集まらなかった。次世代がいなければ教会の将来は危ういと思い祈ると、主からの答えは「ベストを尽くし後は我に任せよ。我が霊において成す」であった。学生たちが主に立ち上がるようにお祈りしても、問題のある人や病気の人たちのためにお祈りしても返ってくる答えはいつも同じであった。主に任せそこに身を置くと不安や心配などがないわけではないが、良い意味で一喜一憂して感情に振り回されることが少なくなった。そして今、近所から子どもたちが集まり、大きな声で賛美し、主の十字架に感動するようになった。学生たちが賛美集会を企画し、また恵みの証をするようになった。これは私や他の教師たちのやり方によってではなく、私たちは以前と変わらずコンスタントにベストを尽くしてきただけである。私が分かることは「ただ神の霊によって教会が導かれている」ということである。
私の元には毎日祈りのリクエストが入ってくる。人間的にお手上げのものばかりであるが主の霊によって何とかなると信じて祈っている。
心のオアシス 2024年7月21日
先日、東大阪福音教会・石切チャペルの献堂式に出席させていただいた。元々建っていた建物をリフォームされたのだが、このチャペルは私たちの教会とは深い関わりがある。私が教会開拓をスタートして二年目からこの建物を9年間お借りさせていただいた。それまでは公民館や集会所を借りて礼拝を行なってきたが、使用できなくなる度にバージョンアップしていった。午後行なっていた礼拝は奈良市内にあるカトリック教会を借りて行なうようになり、午前の礼拝は石切チャペルを使用させていただけるようになり、それぞれ教会の会堂をお借りできるようになった。当初からお貸しくださった神父さんや牧師先生には頭が下がる思いである。しかし私は「追い出される度に私たちの教会はバージョンアップしてきたので、どうぞ早目に私たちを追い出してください。そうすれば次なる飛躍があることを確信していますので・・・」と牧師先生にお伝えしていた。しかし返された言葉は「いえいえ、関西カルバリーが入ってきてから何かよどんでいた雰囲気が変わり澄み切るようになりました。ずっといてください」だった。私はそのようなお言葉に対して「関西カルバリーを祝福する者は祝福されることを確信しています!」と返答していた。
そして献堂式に参列しながら「この石切チャペルは、やはり祝福された」と思った。しかしこれは逆のことも言える。私たちが石切チャペルから出るときに、貸していただけた9年間があるからこそ花園チャペルの建築ができるようになったということへの感謝を表すために献金させていただいた。家賃も払っていたので必要はなかったのかもしれないが、役員さんたちと話し合い、これから土地を買うためにお金が必要な私たちにとってはかなり負担になるような大きな額の捧げものをさせていただいた。何が起こったか・・・その決断をして準備した日の夜に、ある方から連絡が入った。「献金をしたいので口座番号を教えてください」そして振り込まれた額は、何と私たちが捧げた10倍であった。神さまのくすしき御業に地にひれ伏すしかなかったのを覚えている。主の働きをする者を応援する時に与えられる祝福を強く感じた瞬間だった。