礼拝メッセージ

心のオアシス

心のオアシス 2024年10月20日

 ユダヤ人の人口は、世界人口の0.2%に過ぎない。しかしノーベル賞の授賞者や富豪の大多数がユダヤ人である。そしてその秘密は教育にあるという。ユダヤ人の家庭では、生まれたときから宗教教育が実施され3歳頃から文学や読み書きを習い、4歳からは「モーセ五書(創世記、出エジプト記、レビ記……)」の暗唱が始まり、5歳からは「預言書」「聖文学」「タルムード(全30巻、律法集、歴史書、格言集、民話伝承集、……)」を学び始める。そして12歳の頃には、「モーセ五書」はほとんど暗記しているというのだ。
 私たちの教会の礼拝は初心者を意識してわかりやすく、平日の聖書セミナーは中級以上向けにお話しするようにしている。しかし礼拝だけに来ている人たちが一生離乳食ばかりだと成長もできないし聖書の深みを知ることはできない。そこでたまにではあるが礼拝でも小難しい箇所も取り扱うことにしている。クリスチャンであっても一体何が書いてあるのかもわからない箇所からメッセージするのは至難の業である。勿論、解説は初心者にも極力わかりやすいようにして人生論的にもアプローチするよう努力はする。聖書が好きな方々からはそれなりの評価はいただくが、全体的にどれほど伝わっているかはわからない。近所の小学生が数人、朝10時半からの礼拝の裏で行なっているキッズクラスにも参加しているのだが、その前に行なっている朝9時からの奉仕者向けの礼拝に来て毎週大人しく座って話を聴いているのである。一人の男の子は説教中、うつむいてノートに何か書いているので学校の宿題でもやっているのかと思っていた。聖書箇所からして難しいので仕方ないし、日曜日の朝早くから大人の礼拝に来ていることだけでも良しと寛容に受け止めていた。しかし先週、恵先生が本人の許可を得て私にそのノートを見せてくれた。なんと大学ノート1ページに小さな文字でびっしり士師記のメッセージの内容が書かれていたのである。求める心があれば子どもであっても聖書の難易度は関係なく、聖霊さまが助けて理解力を与えてくださることがわかった。将来どんな大物になるのか楽しみだ。

心のオアシス 2024年10月13日

 21歳の特攻隊が後輩兵士に残した最後の深い言葉がある。
 「お前たち知ってるか?牛や馬は『一頭』、鳥は『一羽』、魚は『一尾』と数える。何故だと思う?実は動物の数え方は“死んだ後に何が残るか?”で決まるんだ。ではここで一つ聞きたい。俺たち人間はどう数える?『一名、二名』、そう『名前』なんだ。俺たち人間は死んでも「名前」は残るんだ。お前たちは自分の大事な“名”に恥じない“生き方”ができているか?一回きりの人生、後悔せぬよう意識すべき事は“能力”ではなく“生き方”であり“知識”ではなく“行動”なんだ。読むべきものは“空気”でも“本”でもない。“自分の心”だ。明日人生が終わると思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい。それでは元気に征きます。」・・・考えさせられ、学ばされる内容である。
 “名に恥じない生き方”は、誰が評価するのだろうか?“自分”ではない。勿論聖書的には“造り主なる神”であるが、この地上においては“周りの人たち”も審査員ある。自分では満足していても他者からは評価されない人もいる。「〇〇さんは最初は良い人だと思っていたのに、付き合ってみると我がままな人でした」という言葉を聞くことがある。自分では悔いのない生き方をしていたとしても、それは自己満足にしか過ぎないこともある。
 しばらく礼拝ではヨシュア記~士師記を学んできた。ここに出てくるイスラエルの民は、“自己満足的生活”を続け、それが自分の首を絞めることになっていった。客観的に見ると明らかに「危険」だとわかるが、当の本人たちは、その土地のモラル観、風習や文化に慣れてしまって、それが自分の中で“正しいこと”として受け入れてしまっている。彼らに何が足りなかったのか? それは「神の願いや御心を問いながら生きる」ということだった。自分の持てるものに頼り、自分の願いだけに生きるのは、この世の人たちと何も変わらない。そして“神”を自己実現するためのツールとしているならば残念な結末が待っているであろう。「あなたならどうされますか?」と問いながら進んでいきたい。

心のオアシス 2024年10月6日

 先日、近所の高校の文化祭と小学校の運動会に参加させていただいた。いずれも教会に出入りする子どもたちが所属している学校で、招待を受けて行った。関係者がいなければなかなか行く気は起こらないだろうが、“知っている子がいる”からこそ出演時間をめがけて行くものである。結局小学校の方は各学年の子どもたちがチャペルを出入しているので最初から最後までいることとなった。
 パウロはピレモンに「年老いて、今はまたキリスト・イエスの囚人となっている私パウロが、獄中で生んだわが子オネシモのことを、あなたにお願いしたいのです」とお願いしている箇所がある。オネシモのことを「獄中で生んだわが子」と呼んでいるが、これは獄中でパウロが福音を伝えオネシモが救われたことを表している。実子ではないが、パウロはわが子のように思っているのである。私は最近、この気持ちがよくわかるようになってきた。救われた人に対する親近感は、失礼かもしれないが大人であっても“我が子”のような気持ちになる。ましてや小学生や高校生は私の年齢からすると“孫”のような存在であるが、その子がいるだけで嬉しくなる。“わが子”を見つける度に何度も手を振ってしまう。“わが子”がパフォーマンスをしていても競技をしていても、上手い下手、勝ち負けは全く関係ない。見ているのは“わが子”の存在である。創造主なる神さまもそのような気持ちで私たちを見ていてくださっているのであろう。この地上で「勝った」とか「負けた」とか一喜一憂しながら人は生きているが、神さまの目には「高価で尊い存在」としてしか映っていない。パウロは「キリストにある絶大な価値の故に、この地上で価値あるものと思っていたものや誇りも塵あくたと見なしている」と表現した。
 まさに主の視線を感じると、毎日が輝いて見えるようになる。状況や環境ではなくなる。おめでたい人になることができる。そしてこれはただの気休めではないことがわかるようになった。
 「わたしの目には,あなたは高価で尊い。」(イザヤ43:4)

心のオアシス 2024年9月29日

 堺チャペルが花園チャペルへ合流してから、急いで夕拝のために出かける必要がなくなったので、午後礼拝の後ゆっくりできるかと思いきや、色々とスケジュールが入るようになった。次なる神さまの計画が進められていることを実感している。先週の日曜日は早速学生たちが恵先生と聖書の学びをするようになった。待っている間、私は他の残っていた人たちとフェローシップルームで雑談をしていた。時間をとってお話しすることによって相手のことをより深く知ることができる。先週は琵琶湖での洗礼式に来られた方々と親交を深めることができたし、何人かの牧師先生方ともお交わりする機会があり、それも恵みの時間となった。
 私たちの教会名は、「教会」「チャーチ」ではなく「フェローシップ」となっている。この名称になった経緯は割愛するが、そんなに深く考えて付けたものではなかった。しかし今となっては良い名を付けさせていただいたと思っている。「フェローシップ」とは「共同体」とか「付き合い」「交わり」の意がある。聖書の中では初代教会での交わりやⅡコリント13:13の「聖霊の交わり」には、ギリシャ語では「コイノニア」が使われている。これが英語ではフェローシップと訳されているが、これは「同じ心」、「一致した心」、「同じ目的」を持たなくては成立しないものである。世間の付き合いでは、なかなか味わえない「フェローシップ」が教会にはある。それは“自分が受けるための交わり”ではなく、“与える交わり”であるからだ。前者は自分が受けることができないと不平不満が残るが、後者は相手が満たされることが喜びとなる。
 人と対話することが苦手な人もいることを配慮して私たちの教会では礼拝後のフェローシップは自由で、強くお勧めしていない。しかし、どのような人でも最低限していただきたいフェローシップがある。それは造り主なる神さまとの交流である。私たち生きる上での生命線である。どうやって神とのフェローシップをすることができるだろうか? 話し(祈り)、聴き(御言葉)、与える(神の願いのために行動する)時に私たちの人生は豊かになります。本当です。是非試してみてください。

心のオアシス 2024年9月22日

 各キリスト教会はそれぞれの特徴や強調する部分は違うが、聖書を土台としているなら、キリストの体のどこかの肢体を支えているということになる。パウロ風に表現するならば、目が手に向かって「あなたは必要ない」とは言えないし、頭が足に向かって「あなたは必要ない」とも言えないように、個性の違う相手を批判することは愚かなことである。すべての教会を集めるとキリストの体になるということであろう。
 関西カルバリーフェローシップの礼拝の特徴は、教会初心者にとって居心地の良い環境を作るよう努力することである。それは第一コリント9章を要約すると「ユダヤ人を得るためにユダヤ人のようになり、未信者には未信者のようになり、弱い人には弱い者となった。なんとかして幾人かを救うためである。福音のために、わたしはどんな事でもする。私も共に福音にあずかるためである」とあるが、聖書のメッセージは語りつつも初心者の立場に立って違和感を与えないようにする。その工夫については以前にも書いたことがあるので割愛するが、その努力の甲斐あってか、ある方から「初心者を連れて行きやすい教会」と評価してくださった。あるメンバーからは「もう開拓を始めて10年以上も経過し、ある程度の人数も加えられてきたのに、まだ“開拓”と言うのですか?」と問われたことがある。私の答えは「はい」である。“初心者を得るために初心者に配慮する”というのは何年経過しても人数が増えても同じであって、それは開拓当時の心構えをいつまでも持っていたいということの表れである。牧師が変われば、また違う個性の教会になっていくであろう。それも受け留めていく必要がある。
 先日、琵琶湖で洗礼式を行なった。実は浸礼(全身を水に沈める)は、礼拝後会衆を解散した後で行なわれることが多いが、滴礼(頭に水をつける)は礼拝の中で短時間に行えるので新来会者もそこに立ち合うことができ洗礼式を見る良い機会にもなる。私たちの教会では滴礼と潅水礼(頭に水を注ぐ)をミックスして行なっている。先日は川か湖での受洗を希望する方がいたので琵琶湖まで行った。「福音のためなら何でもする。」

心のオアシス 2024年9月15日

 夏休みが終わり小学校の新学期が始まり、朝の登校時の旗振りの配置移動があった。これからは花園チャペルの前の広い道路から裏の倉庫に入るための抜け道付近に立つことになった。そこには横断歩道もなく前々から小学生が横断するのは危険だと感じていた場所である。旗振りの初日、一人の3年生位の男の子が私の前を通り過ぎてから振り向いて「この場所に立っていてくれると安心できます!」と敬語でお礼を言ってくれた。私は小学生からそのような言葉をかけられることを想定していなかったので驚きと共に感動しながら「そう言ってくれるからここに立っていて良かったよ~」と返答した。後で校長先生にそのことを報告したら「それってウチの子が言ったんですか?!」と驚いておられた。
 私たちは人生の不安や心配な道に立って「恐れないでいいよ。心配しなくていいよ。何とかなるから!」と声をかけて支えてくれたら、また何も言わなくても共に歩き身を挺して危険から回避させてくれる方がいたら、あるいは歩けなくなり倒れ込んでしまう時、抱き上げて代わりに歩いてくれる方がいたらどんなに励ましになるだろうか?
 詩篇121篇に「わたしは山にむかって目をあげる。わが助けは、どこから来るであろうか。わが助けは、天と地を造られた主から来る。主はあなたの足の動かされるのをゆるされない。あなたを守る者はまどろむことがない。見よ、イスラエルを守る者はまどろむこともなく、眠ることもない。主はあなたを守る者、主はあなたの右の手をおおう陰である。昼は太陽があなたを撃つことなく、夜は月があなたを撃つことはない。主はあなたを守って、すべての災を免れさせ、またあなたの命を守られる。主は今からとこしえに至るまで、あなたの出ると入るとを守られるであろう。」とある。これは表題が「都上りの歌」となっているのでエルサレムに巡礼の旅の途中で歌われたものである。エルサレムは天の御国の型として表現されるが、私たちも天の御国に向かって歩む旅人である。この地上での歩みをしっかりと支えてくださる方がいるなら安心できる。創造主を信じる者は、たとえ死の陰の谷を歩むとも恐れる必要はない。

心のオアシス 2024年9月8日

 先日の台風は“迷走台風”であった。ことごとく予報が外れ、日本列島縦断どころか途中で熱帯低気圧になり消えてしまった。気象予報士の話によると台風はそれ自体で進路や速度を決めることはできないようだ。上空の風や台風周辺の気圧配置の影響を受けて動くとのこと。今回はそれらの条件が複雑だったので迷走したのだろう。人もそれぞれの時代の様々な情報や価値観、文化の影響を受けて迷走している。なぜならこの地上に属するものはすべて複雑に変化していくからだ。もしこの地上に属する生き方をし続けるなら、最後には何も残らないであろう。
 私たちの教会の若者がキャンプに参加して主に触れられ劇的変化が与えられた証によって主は確かに今も生きて働いておられる確証となった。この世の栄華を極めつくしたソロモンは、伝道の書の中で「それらのいっさいは空(くう)である」と告白し「あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ」と勧めている。特に若い人たちは様々な刺激を求めたがり、周りの影響を受けやすい。しかしそれらを得て一時的に満足してもいつも心に虚しさや空虚感が残る。なぜなら時間と共に変化していくそれらのものでは本当の意味で心を満たすことはできないからだ。
 私たちは何か大きな出来事や変化を期待するが、必ずしも爆発的な何かがないといけないわけではない。神さまのやり方は千差万別だからである。2千年前、聖霊が注がれ一同が異言を語り始めるということもされたが、必ずしも同じようなことがすべての教会に起こっているわけでもない。しかし穏やかではあっても主に触れられた人は確実に変化している。先日ある人が「自分の中に大きな変化があるわけでもなくて、このままでいいのだろうか?」と葛藤を覚えているというお話しを聞いた。造り主なる主を信じる者には聖霊が確実に働かれるが、その証拠としてこの“聖なる葛藤”が生まれるのである。神を信じる前は、この世に染まっても罪責感はなかったのに、信じてからは何か違和感を覚え「今のままの自分ではいけない」という葛藤が生まれる。これが“聖なる葛藤”なのである。これも聖霊のお働きの一つである。キリスト体験しよう。

心のオアシス 2024年9月1日

 この世には様々な個性の人がいて成り立っている。必ずしも自分と相性が良い人ばかりではない。中には積極的な人もいれば消極的な人もいる。強い人もいれば弱い人もいる。頭を使うことが得意な人がいれば体を使うことが好きな人もいる。個性が統一されていたら世の中回らなくなってしまう。強者ばかりがいても混乱が生じるであろう。弱者あっての強者であり、強者あっての弱者である。問題はそれぞれが批判しあうところにある。それぞれを受容し認め合う社会になれば、どれほどこの世は住み心地良くなることかと思う。しかし“自分”が中心になり“自分”が基準になるとなかなか難しい。
 私は昔、教団教派があるのはキリスト教会の堕落した姿だと思っていた。しかし今はキリストの体の各肢体としての個性だと考えるようになった。だから“目”の働きをしている部位が「見えていないから手は必要ない」とは言えないのである。それぞれが独特な働きをすることによって一つの体が形成されている。他者を批判するエネルギーがあれば、その分、宣教の働きに注いだ方が主に喜ばれるであろう。
 ある牧師がこんな質問を受けた。「どうしてイエスさまはイスカリオテのユダのような裏切る人間を弟子にされたのですか?」この質問に答えを見つけることができず、少し研究してから答えると返答した。その後、その牧師はみことばを詳しく調べ研究したが満足のいく答えが得られなかった。そんなある日、この問題についてもう一度黙想していたとき、ふと他の質問が心に突き刺さった。それは「何故ユダのような人を?」ではなく「何故、主は私のような人間を主の僕として選ばれたのか?」と自分に向けたものであった。その時、言葉を失い、溢れ出る涙を抑えることができなかった。名誉やお金や人気を求める自分の姿は、まさにイスカリオテのユダそのものであった。主は間違って選ばれたのではなく選ばれた者が自分中心に生きていることが問題だということに気づき、
その日以来、この牧師は変化し教会全体も変わっていったとのこと。
 「神の恵みによって、わたしは今日あるを得ているのである。」(Ⅰコリ15)

心のオアシス 2025年8月25日

 本日をもって午後4時半からの堺チャペルの礼拝は休止となり9月から花園チャペルへ合流ということになった。堺チャペルはキッチンIMUという韓国料理店の二階を礼拝堂として店長のイムさんが提供してくださっていたが、終活も含めて閉店する決断をされた。7年間、場所を提供してくださったことに感謝したい。花園チャペルの午後礼拝後すぐに車で堺へ移動しての礼拝ではあったが、いつも恵まれてご奉仕させていただけた。祈られていることを肌で感じることができた。先日、ある方は「堺チャペルがあったからこそ信仰に帰ることができました」と話しておられた。「これで負担が減りますね?」と言われることがあるが、私としては宣教の働きは負担ではなく喜びであった。運転好きな私の40分位の移動時間はストレス発散になる良い時間でもあった。また神さまからの強い導きがあれば他所での礼拝もなくはない。とにかく“主は与え、主は取られる”お方である故に、取られたことにも神さまの次なる深いご計画と目的があると確信しているので楽しみにしている。
 この信仰はどこから出てくるのか? それは私たちの教会の歴史が物語っている。使用していた場所が閉ざされる度に、主は新たな、しかももっと良い場所を備えてくださってきた。9年間使用させていただいた石切チャペルを出なければならなくなってから約10か月の間、場所を探したが4箇所の手の届きそうな土地が契約直前でダメになった。そして石切チャペル使用期限残り1ヶ月にして、価格面と場所的にも眼中になかった花園の土地が候補地として残った。そこに行って何度もお祈りしたところ、下校時に子どもたちが沢山通る姿を見てビジョンが与えられ、その時に会計の蓋を開けると、探してはダメになっていた10ヶ月の間に、何とその土地と丁度の額の献金が与えられていたのである。ベストは尽くしながらもなかなか決まらない不安な時期さえも神さまは用いて、主の計画を水面下で進められていたのである。神さまのくすしき御業を今でも忘れることはできない。この体験の積み重ねが今の信仰に繋がっている。我々の不安な期間さえも、主は着々と最善を進めておられる。

心のオアシス 2024年8月18日

 花園チャペルの会堂は、ダイワハウスがモデルケースとして通常よりもかなり安価で建ててくださった。その経緯は過去のメッセージや文章などでも語っているので割愛させていただくが、60年保証付きということもあり手抜きはできないし一流メーカーのプライドもあってかドアや窓などの建具は、ある一定のレベルの物しか使用しない。設計時に設備などの細かい打ち合わせはしたが、あまりにも量が多すぎて何を選択したのかも記憶に残っていない。ほぼメーカー側の経験値に委ねてお任せした物も多かったように思う。恐らく仕様説明書にそれぞれの細かい説明が記載されているとは思うが、分厚い資料を全部読みこなすことは困難である。とにかく普通に使用をして、この2年間の使い心地は満足している。しかし献堂してから二点ほど小さな不満があった。それは「執務をする場所」と説明していた牧師室のダウンライトの色が電球色(オレンジ色)で暗い感じなのである。使用始めて一年ほどしてから、たまたまスイッチのON・OFFを二回連続で繰り返した時に昼白色(自然光色)になり明るくなった。もしやと思い三回連続で繰り返すと昼光色(太陽光色)となり更に明るくなって求めていた光量になった。一年間その機能を知らないまま過ごしていたのである。
 もう一つの不満はキッチンの流しの手元が何となく薄暗い感じがあった。昭和的には台所の流しの上あたりにある紐を引っ張ると電気が付いて手元が明るくなるというイメージがあった。しかし頭上にある物入の下にはそういった紐や器具が付いてないのである。ある信徒の方も同じように感じていたのか電器を付けることを提案してこられた。ところがその日の午後、付ける場所など模索しておられた時に、フラットだと思われていた物入の底の部分に何か小さな突起物があるのを発見、それは電気のスイッチであった。それを押すと物入の底に埋め込まれていた灯りが付いたのである。二年間知らないまま過ごしていたのである。
 主は私たちの問題よりも大きなお方。私たちには見えなくとも、大いなる恵みを注いでくださっていることを発見する人生でありたい。