礼拝メッセージ

心のオアシス

心のオアシス 2026年11月8日

 先日、小学校の運動会に招待されて行かせていただいた。秋晴れだったが来賓席のテントの下では寒さを感じた。最近では珍しく700名もいる小学校なので教会に出入りしている子たちを探すのは大変だった。どの学年にも顔見知りがいるので、気を抜かずに目を皿のようにして探していた。
 かつて母教会にいたころは、担当の教師がいたこともあってか、あまり小学生たちと関わることもなったし関わろうともしなかった。子どもが嫌いだったわけではないし救いを祈ってはいたが自分からアプローチをすることはなかった。しかし四年前に花園チャペルに移ってきてからは半強制的に関わらざるを得なくなった。河内の荒いキツい言葉を発する子たちが放課後チャペルに遊びにきては鬼ごっこやゲームなどの付き合いをさせられるようになった。パウロが言う「ユダヤ人にはユダヤ人のように」ではないが、彼らの中に入り込むために関西弁で対話し(関西人からはエセ関西弁と言われているが・・・)彼らを理解するように努めた。関わりを持つようになると、荒くてキツいと思っていた彼らは、実は人懐っこく相手の心に入り込むための手段であることに気付き始めた。そしていつしか私にとっては孫のような感覚に変えられていった。これは神の業としか言えない。
 パウロがピレモンへの手紙の中で、獄中でオネシモに福音を伝え、彼をキリストの信仰に導き、パウロは「監禁中にもうけたわたしの子」(牢獄の中から福音を伝えて信仰に導いた霊的な意味での私の子供)と呼んでいる。私は牢獄ではないが、花園地域でチラシを配り、福音を伝えることによって信じるようになった私の霊的孫たちだと考えるようになった。何百人もいる子どもたちが競技や演技をする中で、私が常に探していたのは、この孫たちだった。
 神の目に映っているのは、愛し創造した私たち一人一人である。「思い煩うな。神が必要なものをすべてご存じである」(イエス・キリスト)

心のオアシス 2026年11月1日

 先日のバイブルフェローシップは少人数ではあったが、それなりに深いお話しをすることができた。もう何年もお付き合いのある方達からも新たな証しをお聞きしながら改めて親交を深めることによる恵みを沢山得ることができた。それが終わってから隣の部屋で平行して行なわれている学生会のバイブルスタディーに顔を出すと、丁度中学生が発言しているところだった。小学生時代に教会に来るようになり洗礼を受けた経緯など聞きながら、そこにいた他の学生たちや小学生も主の業に感動し涙を流している。一人の大学生が「自分が関わってきた子たちが、こんなに成長している姿を見ることができるって本当に嬉しすぎ!」と語る。そこにいた全員が“神の家族”としての意識を共有していた。こんなに短期間にどうやって中学生や小学生までもが霊的成長をしているのか? 勿論、教師たちや大学生たちのフォローもあってのことだが、明らかに“神の業”抜きには考えられない内容でもあった。
 中学生が個人的にこんなことを私に話してくれた。「私高校生になったら、今まで私にしてくれた分のお金を返していこうと思うねん」一瞬何を言っているのかわからなかった。その場では「そんなんせんでいいよ」と答えたが、恐らく食事を提供したり、キャンプ費用を負担したりしたことに対するお礼と、それによって神さまに出会えた感謝の表れなのかもしれない。だからアルバイトするようになったら主に返金していきたいという気持ちなのかと思った。 
 私は「奉仕をしなさい」「献金しなさい」と強制したことは一度もない。それは修行の世界であろうと思っているからである。私が一貫して発信しているメッセージは「主の愛に触れたら人生が変わる。そして人生が変われば自発的に何かをさせていただきたいという気持ちになる。これが健全な信仰の在り方」ということである。
 花園チャペルは、主の愛に触れた人たちによって開拓11年目に建てられた。そして主の愛の業はこれからも続いていく。

心のオアシス 2026年10月25日

 あるところに、2つの大きな水瓶を両肩に担ぐ一人の水汲み商人がいた。片方の水瓶はひび一つなく完璧で、いつも川から主人のお屋敷まで満タンの水を運んでいた。しかしもう片方の水瓶にはひびが入っていてお屋敷に着く頃にはいつも水が半分に減っていた。完璧な水瓶は、一滴もこぼさない自分の仕事をいつも誇っていた。一方、ひび割れた水瓶は、自分の欠点ゆえに水が半分しか運べないことを、深く恥じていた。自分は役立たずで、存在価値がないと思い詰めていた。ある日、ひび割れた水瓶は耐えきれなくなって川のほとりで商人に話しかけた。「申し訳ありません。私は自分のひびのせいで、あなたに迷惑ばかりかけています。私の存在価値は半分しかありません。本当にごめんなさい」商人は優しく微笑んで、水瓶にこう言った。「これからお屋敷へ帰る途中、道端の景色をよく見てごらん」お屋敷へ向かう坂道を上るとき、ひび割れた水瓶が見たのは、太陽の光を浴びて美しく咲き誇るたくさんの見事な野の花であった。その美しさに元気をもらったが、やはりお屋敷に着くと水は半分になっていて、また商人に謝った。すると商人は水瓶にこう告げた。「気づかなかったか? 花が咲いていたのは、お前がいた側の道沿いだけだっただろう? 完璧な水瓶の側には、花は一つも咲いていない。私はお前に水漏れのひびがあることを最初から知っていた。だからお前が通る側の道に、あらかじめ花の種をまいておいたんだ。お前が毎日、川からお屋敷へ歩く間に、そのひびから少しずつ水を漏らしてくれたおかげで、種に水がまかれ、こんなに綺麗な花が育ったんだ。私はその美しい花を摘んで、主人の食卓を何年もの間、華やかに飾ることができた。お前がそのままのお前でいてくれたからこそ、この美しさが生まれたんだよ。お前は決して役立たずなんかじゃない。お前にしかできない方法で、この世界を美しくしてくれたんだ。」
 自分のひび(弱さ)は神の計画を進めるための完璧な創造の業。あなたはあなただからこそ高価で尊い。

心のオアシス 2026年10月18日

 2世紀ごろの古代ギリシャの人たちは、太陽、月や星が地球の上を移動していると考えていた。これを天動説と呼ばれている。これは動いていない人間の側が中心になると、天の方が動いているように見える。16世紀になると地面の方が動いていて星が移動しているように見えているのだという地動説が提唱されるようになった。これは天の側からの視点によって生まれた考え方であった。
 バプテスマのヨハネは「悔い改めよ、天国は近づいた」(マタイ3:2)と叫んだが、これは言い換えると「神主権の国が近づいたから自分中心を止めて神中心の生き方に改めなさい」ということである。神の側に立つと、この世は物事が上手く進むように設計されている。
ヤコブ書は直球型で話を展開しているがバプテスマのヨハネも「キリストは聖霊と火とによってバプテスマを授けるが、良い実を結ばない木はことごとく切られて、火の中に投げ込まれる」(マタイ3)と鋭いメッセージを伝えた。キリストの幹に本当に繋がっているかどうかは実(行ない)を見れば分かるということなのである。この「火」は救いと力ともなるが、滅びの裁きにもなる。
 エジプトから脱出したイスラエルの民は先を進む昼は雲の柱、夜は火の柱に導かれていた。紅海に出た時にその水が分かれ水壁が出来て乾いた道を歩いた。後ろからはエジプトの軍隊が追い付きそうになっている。その時、イスラエルが従っていた神の臨在がイスラエルとエジプトの間に移動して、軍隊がイスラエルに近づかないようにされた。イスラエルの民が紅海を渡り終えると、水垣が崩れエジプト軍は水没して終わってしまった。同じ雲の柱・火の柱が、従う人たちにとっては救いとなり、同じ道を進んでいるようであるが神の側についていないエジプト軍には滅びの導き手となった。
 もしこの地上だけの人生で終わるなら自分中心に生きても仕方がない。しかしもし死後に裁きがあり霊魂が天国か地獄のどちらかに分けられるなら、神中心の人生に改めた方が得策である。

心のオアシス 2026年10月11日

 日曜礼拝でヤコブ書を連続講解して先週終了した。ヤコブは直球型でメッセージを伝えているので、チクチク心が痛むこともある。「行いを伴わない信仰は死んだものである」(ヤコブ2章26節)と言われると行ないが伴っていない自分を見て落ち込み自分が救われているのかどうかも疑ってしまうこともある。しかしパウロは同じことを話しているが理解しやすく説明している。「あなたがたの救われたのは、実に、恵みにより、信仰によるのである・・・決して行いによるのではない。それは、だれも誇ることがないためなのである。わたしたちは神の作品であって、良い行いをするように、キリスト・イエスにあって造られたのである。」(エペソ2章)言い換えると「私たちが救われるのは信じることによって与えられる神の恵みである。しかし信じた者は、神規格で神が望まれるように生きるはずでしょう? 繋がったら実(行ない)が結ばれていなければ、それは繋がったとは言えない」ということである。少なくとも本当に神に繋がれば「今までの生き方ではダメだ」「神に喜ばれるようになりたい」という思いが出てくるはずである。
 私は“弟子訓練”を否定はしないが、「弟子となる方がより高尚」だと言って人々に劣等感を抱かせないよう配慮している。確かに「出て行って、すべての民を弟子とせよ」(マタイ28章)とはあるが、当時のユダヤ文化の中での“弟子”の概念を理解しなければならない。“弟子”とは“ラビ”と呼ばれる教師につく人のことをそう呼んでいた。弟子(Talmidim)は“生徒”の意で、ラビは誰もが自分に属する生徒を抱えていた。“クリスチャン”も“キリストに属する”という意味で、当時キリストの生徒(弟子)として学び従う人のことを指していた。福音書と使徒行伝には「弟子」という言葉は出てくるが、他の書簡には一度も出てこない。その代わり「愛する者たち」という表現になっている。私たちは神と繋がり愛されている存在であることを知り“弟子”となり“行なう者”となっていくのである。

心のオアシス 2026年10月4日

 関西カルバリーでは月一希望者で、バイブルフェローシップというお交わりの時間をもっている。今回のお題は「プチ感動したこと」だった。私の感動は、その日の午後の礼拝に近所の小学生や中学生が何人もいたが、みんな真面目に賛美をしていることだった。数年前は隣の友達とふざけ合ったり、スマホを見たりしていたが、今は神さまと向き合っている姿に感動した。創造主と繋がると神さまの臨在から離れたくなくなる。その中で安息を覚えるからである。最近、門限より早めに帰宅を促すと数名の子どもたちは、どうしてもチャペル内に居たいらしく帰るのを渋る。遊びたいからというのではない。ただ居たいのである。トイレ掃除をするからと言って理由をつけて掃除している時間だけでも延長してチャペルに居させて欲しいというのである。私は常に祈りの中で「チャペルの会堂、ロビー、トイレ、階段、二階のどの部屋においても、神さまの救いと癒しと安息を覚える場所となることができますように」と祈っている。その祈りに主は確実に応えてくださっているのを感じる。
 このような現象は今に始まったことではない。3千年前にもダビデはこう表現している。「わたしは一つの事を主に願った、わたしはそれを求める。わたしの生きるかぎり、主の家に住んで、主のうるわしきを見、その宮で尋ねきわめることを。(詩篇27篇4節) 彼は主の臨在から離れたくないばかりではなく住んでしまいたいと言っている。またコラの子はこう詩っている。「あなたの大庭にいる一日は、よそにいる千日にもまさるのです。わたしは悪の天幕にいるよりは、むしろ、わが神の家の門守となることを願います。」(詩篇84篇10節) 彼は中に入れなくても門番でいいので少しでも神さまの近くに居させてくださいと願っている。
 キリスト教会は現実逃避する場所ではない。そこで癒され励まされ力を受けて厳しい世の中を力強く生き乗り越えるための補給所でもある。私たち自身が神の宮であり神の臨在で満たされている。

心のオアシス 2026年9月27日

 寝たきりで首も動かせない男性が病室に運び込まれたとき、もう一人の患者が窓際のベッドに横たわっていた。カーテン越しではあったが互いに親しくなると、窓際の患者は窓から外をながめて、外の世界についてくわしく話をしだした。「今日はいい天気ですよ~。青空にぽっかり雲が浮かんでいます。公園の草木がとっても綺麗です」別の日には、「今日は風が強い日ですから、木の葉が揺れて、まるでダンスをおどっているようです」などと、寝たきりで首さえ動かせない彼に外の様子を語って聞かせてあげた。彼は窓際の男性が語るその光景を想像することで、毎日心が慰められて自分も外の世界が見えるように早く病気を治そうと思うようになった。しばらくして窓際の人が退院することになった。男性は喜び「これで自分が外の世界を見ることができる。これからは、自分が窓の外の世界を見て新入りの患者に話して聞かせて励ましてあげよう」看護師にベッドを窓際に移すように頼んで移動し、心躍らせながら窓の外を見て彼は愕然とした。窓はコンクリートの壁に面していて外の世界など何も見えなかった。ただ灰色の壁が見えるだけだった。「あの窓際の男性は一体何を見ていたのだろうか?」想像力で、その向こうにあるものを見ようとしてのだと気付いた。ただ天井を見ることしかできず、いつも辛そうにしている隣人のために、自分の思い描いた壁の向こうの世界を話して聞かせてくれていたのだった。
 同じ壁を見て、ある人はその壁だけを描写する。しかし信仰の人はその先にある「希望」を見ることができる。状況は同じでも、見方によって世界が違ってくるものである。自分の辛い出来事を見て人生を呪いながら生きるのか、それとも神がくれた喜び悲しみ痛みや苦しみ、出会いや別れ、温もりや不安、そのどれもが重なりあって自分の今日が創られていると信仰の目で見ながら、神に愛されるため選ばれて生まれてきた人生を謳歌するかのどちらかである。
“信仰・希望・愛”は神に繋がる人生から生まれる恵みである。

心のオアシス 2026年9月20日

 ある女性の宣教師は大学時代に友人と住んでいた。そのルームメイトは男子に人気があり、よく花束をもらって帰ってきていた。しかし彼女には花をくれる男子学生はいなかった。ルームメイトが花束を持って帰る度に彼女は孤独を感じるようになった。「神さま、何故私には花束をくれる人は誰もいないのですか?」その時、神は窓の外を見るように促された。「何が見えるか?」「木が見えます」「それが私があなたに贈った花束だよ」彼女は街路樹を花束として受け取り涙を流した。それは「私がいつも一緒にいるではないか」というしるしの贈り物だった。神の愛に満たされた彼女は、その後宣教師となり多くの人を生かす働きをするようになっていった。
 「どうして私は愛されないのか?」「誰にもかまってもらえなくて孤独だ」と感じるその時にも、命さえ差し出してくださる愛をもって私たちの前に立っておられるお方がいる。この世が与えるようなちっぽけな条件付きの愛ではない。この神の愛を受け取るならば、どんなことがあろうとも勇気100倍、安心と満足を得られるだろう。
アップルの創業者・スティーブ・ジョブズ氏はビジネス界で一番成功した人物である。彼は亡くなる前にこんな言葉を残している。「私はビジネスの世界で成功の頂点に君臨した。他の人の目には私の人生は成功の典型的な縮図に見えるだろう。しかし仕事をのぞくと喜びの少ない人生だった。病気でベッドに寝ていると、人生が走馬灯のように思い出される。私がずっとプライドを持っていた有名になることや富は迫る死を前にして色あせ何も意味をなさなくする。生命維持装置のグリーンのライトが点滅するのを見つめ、機械的な音が耳に聞こえてくる。神の息を感じる。死がだんだんと近づいている。今やっとわかったことがある。人生とは富に関係のない他のことを追い求めたほうが良い。終わりを知らない富の追及は私のように人を歪ませてしまう。神は誰もの心の中に愛を感じさせるための感覚を与えてくださった。」
 神の愛を知ると満たされます。

心のオアシス 2026年9月13日

 モーセの人生は波乱万丈であった。へブル人(イスラエル人)から「生まれた子はすぐに川に投げ込め」とのエジプトのパロによる命令下で生まれたモーセは、母親がカゴに入れて川に流したが、パロの娘に拾い上げられ育てられることとなった。それから40年間は王宮の中で教育を受けながら育ち、地位や立場を持つようになった。しかし40歳になったとき、エジプト人を打ったことがパロに知れてしまい逃亡生活をすることとなる。それから40年間は荒野で羊飼いをして過ごした。80歳になったとき、突然神から「エジプトで奴隷になっている同胞を導き出せ」との命を受けてしぶしぶ立ち上がった。イスラエルの民はそれから苦しみから解放されたにも関わらず荒野での40年間で何度も「エジプトでは美味しいものを食べていた」「お前は荒野で我々を死なせようとするのか?」「エジプトに帰せ!」と散々モーセに不平不満をぶつけ、罵倒してきた。そして荒野で40年が経過し、ようやく神が導こうしているカナンの土地を目前にしてモーセは入れないで召されていった。そのモーセが死ぬ直前に言った言葉は「主は岩。主のみわざは完全。まことに、主の道はみな正しい。主は真実の神で、偽りがなく、正しい方、直ぐな方である」(申命記32:4) モーセは自分自身もイスラエルの民も、いつも状況や環境によって揺れ動いて不信仰になっていたが、神は感情に流されず民を守り導き続けられた。それを“岩”と表現した。自分に与えられた使命を呪うのかと思いきや“主のみわざは完全、みな正しく、真実・・・”と告白しているのである。モーセは命がそんなに長くはないと感じ、人生を振り返ってみて、どんなピンチに直面してもいつも神は助けてくださったことと神の計画は全て完全であったことを悟ったのである。
 私はまだどの位生きることができるかはわからないが、すでに神は岩であり、その御業は完全であることを感じている。私もモーセのようにこれを最後の言葉としたいと願っている。主は良いお方!

心のオアシス 2026年9月6日

 申命記の学びも今日で最後になる。これまでモーセの次世代への遺言を学びながら厳粛な思いにさせられている。神のイスラエルに対する祝福と呪いの契約、そしてその預言が歴史の中で成就していっている。国を失い、どの時代にも迫害され続け、約2500年ぶりに国が再建(1948年)され、離散していたユダヤ人が今帰還している。それはユダヤ人が悔い改めて主に立ち返ったからではない。神の一方的な愛と約束を守る真実さの表れである。しかし終りの時に、ユダヤ人たちが神に立ち返るというのがパウロの預言である。
 ある牧師が「霊的近視」という表現を使っておられたが、これは過去の恵みを忘れるということである。イスラエルの人たちは430年にわたりエジプトでの奴隷生活から奇跡的に解放された。その直後エジプト軍に追われ四方八方塞がりとなった。しかし紅海が分かれ乾いた地を歩き逃れることができた。そればかりかエジプト軍は水没し全滅していった。しかしすぐ彼らはこれらの神の奇跡を忘れて不平や不満を言い始めた。霊的健忘症の予防策は、どんなことにも感謝するということである。毎日が神の奇跡の連続なのに、ただ当たり前とか偶然で片付けてしまってはならない。息ができること歩くこと見ること食べること飲むこと、それさえも当たり前ではないことを悟るべきである。そうすれば感謝が生まれる。
 母教会にいたおばあちゃんがこんな話をしてくれた。20歳のころお見合いをしたが好みのタイプではなかった。しかし神が与えてくださった機会だと考え「この人のために命を捨てよう」と決意して結婚された。しかしすぐにご主人は肺結核となり手術をされた。生活はどん底状態となった。身内からは「騙されたんだから別れた方が良い」とまで言われた。でも、この想定外のハプニングに愛が冷えることはなかった。なぜなら「この人のために命を捨てよう」と決意されていたから。キリストは私たちの罪の身代わりとなり命を捨ててくださった。この愛の中に生きることが最大の安心となる。