使徒行伝5章16~20・28~29・39~42節

 ウェイン・コディロ先生が会衆に、このようにアプローチされたことがありました。「みなさんは、次の質問に全員手をあげてください。」と前置きをしてから、「では、この中でフルタイムのミニスター(伝道者)は、どのくらいおられますか?」全員が手をあげました。それを見てから先生はこのようにお話を続けられました。「手をあげている人たちの中には、『自分は教会から謝儀をもらっていないのに、どうしてフルタイムのミニスターなんだ?』と疑問に思われる方がいらっしゃるでしょう。この中には、会社員もいるでしょう? 学校の先生もいるでしょう? お医者さんもいるでしょう? それぞれ給料は、会社や学校や病院など違った場所から支給されますが、もっとその向こうの源まで行き着くならば、それは神様から与えられているものですよ!」
 またある日、スピーカーを移動させている奉仕者に問うたそうです。「あなたは、今何をしていますか?」その人は言いました「スピーカーを移動させているのですよ」しかしコディロ先生は言いました「いえ、あなたはスピーカーを移動させているのではありません」「いえ、移動させています。見ればわかるでしょ? 私は一体何をしているというのですか?」そこで先生はこう答えられました。「スピーカーを通して、メッセージの声が拡張されて人々に聞きやすくなるでしょう。あなたは礼拝に来る人々が、メッセージを聞きやすくして、イエス様を信じる決心をするお手伝いの宣教の働きをしておられるのですよ!」
 これは、私たちがどのような立場であったとしても、それぞれは神さまが遣わされた宣教者であることを説明されるために用いられたお話しでした。宣教の働きは必ずしもメッセージをしたり個人伝道することだけではない。その働きは多岐に渡ります。その中でも“祈り”は究極の宣教の働きであり奉仕であると確信しています。
 見える奉仕ができなくても、見えない祈りは強力な奉仕です!

使徒行伝4章5~14節

 萩本欽一さんの息子さんは、なんと大学受験のための予備校に通い、いざ受験というときになった時に、「さあ、就職だ!」と叫んだそうです。欽ちゃんが子どもたちに言っていた「人と違うこと、また、やったことが無駄になるようなことをやれ」という言葉を実践したそうです。そんな面白い息子さんは、リフォーム会社に就職。しかし1ヵ月後に息子さんから家のリフォームを300万円ぐらいでやらせてもらえないかと電話がありました。彼はそれまで契約ゼロ。何とかするべく父親にすがってきたわけです。欽ちゃんは息子さんに「セールスマンとして失格だ! いい加減にしろ!」と怒りました。息子さんは下を向いてだまっていましたが、その後、欽ちゃんは言いました。「だけどな、そんなメチャメチャな話でも、『わかった』って言ってやるために親父ってのはいるんだよ」そして最後はリフォームを引き受けたとのこと。息子さんは、喫茶店でボロボロ泣いたそうです。実は欽ちゃん、最初は怒らずに優しく話して断ろうと思っていたそうです。それは何でも親がやってあげては、息子さんが成長できないから。
 子どもの無理なお願いを聞くのも親の愛、断るのも親の愛です。勿論、人間の親は完全ではないことを前提ではありますが、親と子の関係の中に、天の父なる神さまと私たち人間の関係を垣間見ることができます。愛は、無条件であり、基本、そこに存在しているだけでいい、という思いが根底にあると考えられます。もし子供や愛する人が原因不明の病気で寝たきりになってしまったとするならば、病室のベッドで横になっているその人は愛せないでしょうか? そんなことはないはずです。寝たきりでも、何も結果を残せなくても、何もお手伝いができなくても、愛しているはずです。何かをしてくれたときや、何かの結果を残したときだけ認めるのは“愛”ではなく“評価”です。愛は、無条件なのです。 
 天のお父さまの愛に感謝します! そしてお父さんにも感謝です!

使徒行伝3章1~10節

 中国の昔の話でありますが、後漢時代に楊震(ようしん)という人がいて、非常に高い地位にあった人物でした。この人があるところへ赴任した時に、下心を持った部下が挨拶に来てお金を贈りました。「どうぞこれをお取りください。もう夜ですから誰も知っている者はありません」と言いました。そうすると、この楊震は「いや、知っている人は少なくとも四人おる。天知る、地知る、子(し)知る、我知る」。天が知る、地が知る、「子」は「あなた」で、あなたが知る、私が知る。だから誰も知らないなんていうのはとんでもない話だと言って、その持ってきた人を戒めました。これを“四知(しち)”と言うそうですが、その通り知らぬ人はいないし、知っている人は必ずいるわけです。
 これは悪い行いだけに適応できる言葉ではありません。善い行いも同様に、「四知」。日本には「陰徳」という人に知らせずひそかにする善行することが大切にされてきました。ちなみに「陽徳」というのもありまして、これは人が見ているところで徳を積むことをいいます。良いことをしたときに、「それ、私がやったんだよ!」と言うのが陽徳で、もちろん善いことをしている訳ですから素晴らしいことなんですが、もう一つ上の素晴らしさを感じるのが「陰徳」なのだと思います。ある方の言葉に「見て見ぬふりより、助けて助けていないふり」というのを聞いたことがありますが、まさしく「陰徳」の極みだと感じさせられます。誰かが困っていたら、率先して助けて、でも手柄は他人にあげてしまうのです。もちろんその行いも「四知」です。あなたが人知れず頑張っていることも、人知れず赦していることも、人知れず助けていることも、人知れず祈っていることも、人知れず捧げていることも、明らかにされないことはありません。
 「隠れた事を見ておいでになるあなたの父は、報いてくださるであろう。」(マタイ6:6)「御霊も言う、『しかり、彼らはその労苦を解かれて休み、そのわざは彼らについていく』(黙示録14:13)

使徒行伝2章1~4・17・29~32節

 先日、ある方(愛称:おっちゃん)の直葬の司式をさせていただいた。クリスチャンではあったのですが、どこの教会にも属していない人でした。いくつかの教会を渡り歩いている人で、病床で「関西カルバリーに行きたい・・・」と言っておられたことがキッカケとなり、ご遺族の要請があったことから私が司式をする運びとなった。未信者の妹さんによると昔はかなり荒くれ者だったようでヤクザまがいの仕事もしていたようです。しかしイエスさまを信じてからガラリと生き方が変わったとのこと。人からむしり取る生き方から、与える人になったそうです。火葬前式には何人か“おっちゃん”が関わっていたご友人が参列されていてお話しをお伺いすると、“おっちゃん”の悪い話題は一切出てこない。生前に「おっちゃんには、こんな助けをいただいた。」「こんな親切をしてもらった。」という話題ばかり。確かに私たちの教会にも何年も前に来られていた時期には、教会の子どもたちに毎週お菓子を持ってきて配っておられた。また喫茶店の手作りサンドイッチを毎週日曜日、私に持って来てくださっていた。ホテルのレストランに招待してくださったこともあった。親しい人には、いつも「牧師先生は大切にせなあかんぞ!」と言っておられたようで、ご自身がそれを実践しておられたことに感動した。
 ジェラール・シャンドリの名言の中に「一生を終えて後に残るのは、われわれが集めたものではなくて、われわれが与えたものである。」というのがある。私たちはこの世で、“得る”ことばかり求めていないだろうか? でも結局、人生の最後に残るものは、“得た”ものではなく“与えた”ものであることを彼は証明してくれた。“おっちゃん”には学歴も名誉も財産もなかった。この世の中で受けたものは少ないように見えた。でも与えたものが想い出として多くの人たちの心に残った。私もそのような生き方をしたいと“おっちゃん”の人生の最後に願わされた。
 「受けるよりは与える方が、さいわいである」(使徒行伝20章35節)

使徒行伝1章1~11節