苦しくてどうしようもない時 いつもうかんでくることばがあった 
  神様がいるんだもの なんとかなるさ そしていつも なんとかなった
 これは体育の教師として部活の指導中に着地に失敗し頚髄損傷して首から下が麻痺してしまった星野富弘さんの詩です。何度この詩に励まされてきたことか。そしてこれが私のライフメッセージにもなっている。
 先日、教会へお菓子を贈ってくれた関東圏に住む男性にお礼の電話を入れたときのことであるが、こんな話をしてくれた。「今は医療関係で働いているので教会へ行くことができなくなってしまっているのですが、関西カルバリーフェローシップの礼拝をYouTubeで毎週視聴しています。先生のメッセージは昔も今も変わらず、結論はいつも『主にあって何とかなる!』ですよね。僕はそれに大変励まされてきました!」
実は私は18年(?)程前に大和カルバリーチャペルの火曜礼拝を担当させていただいた時期があり、その時にこの男性がクリスチャンの友人に誘われて礼拝に来られるようになった。当時彼は鬱を患っていて仕事をすることができない状態にあった。当初は、みんなが働いている昼間に仕事もしないで会堂の長椅子に座っている自分を見て「僕の人生は終わったな・・・」と思っていて、牧師が「主にあって、あなたは何とかなる!」なんてメッセージされても、自分の状態を見たら何とかなるようには思えなかったと告白されていました。しかしその1年後に受洗し、社会復帰することができるようになり、恵まれたクリスチャン女性と結婚し、「今考えてみると、小崎先生が言っておられたように“主にあって何とかなってる!”と気付かされています」とお話しなさった。
 四面楚歌(周囲が敵、反対者ばかりで味方のないこと)の状態になった時でも神に祈りの手をあげることができる人は幸いです。自分にとって助かる可能性がゼロになった時に、神さまは力強くお働きくださり、不思議な方法で救い出してくださるのが神さまのやり方なのです。
 「モーセは言いました。『みんな、怖がってはいけない。今いる場所にしっかり腰をすえて、今日、主がすばらしい方法で救ってくださるのを、よく見ようではないか。あのエジプト人を見るのも、今日が最後だ。主が代わりに戦ってくださる。だから、みんなは指一本、動かす必要もない。』」(出エジプト記14:13~14/リビングバイブル)