旧約聖書の知恵の書の一つである箴言11章24~25節に「施し散らして、なお富を増す人があり、与えるべきものを惜しんで、かえって貧しくなる者がある。物惜しみしない者は富み、人を潤す者は自分も潤される。」という格言がある。誠にその通りだと思う。母教会の大和カルバリーチャペルは、“与える教会”です。最近も主任牧師が、「私たちは自分だけが潤うのではなく、他者を潤す者とならなければ、やがては廃れてしまうでしょう」というお話しをしておられたが、私もそれを実践しようと決心して、開拓初期から、そのような教会の在り方を試みてきた。 
捧げてきたことを公にすることは“自慢”とも受け取られかねないし、そのようなことを他言すべきではないと自覚はしているが、一つの祝福の証として書かせていただくことをお許しいただきたい。
 私たちの教会は、ご存知のように先月、土地購入の仮契約を済ませることができた。その土地の価格交渉の中で、短期間のうちに現金で買うのであればという条件でリーズナブルな値引きがされた。そこで教会の12年間に献げられてきた「土地&会堂指定献金」がどの位貯まっているのかを調べてみると、なんと仲介不動産に渡された手数料などもすべて含めた見積りと寸分たがわず同額となっていた。その額5400万円。これは大きな額の献金をしてくださった人も、小学生が新会堂のためにその分を捧げて欲しいと、両親からの誕生日プレゼントを辞退した小さな献金もすべて主の手の中にあることを示している数字である。どうやって貯めることができたのか? 勿論、大切な献金を無駄遣いしたことは一切ない。でも一つ心当たりがあるとするならば、他のミニストリーのために献げてきたということです。開拓を始めた数年間は、牧師へ支払う謝礼は全くなかったが、被災地や貧しい国の子どもたち、苦労している他教会、いくつかの宣教団体へ毎月捧げてきた。その結果がこれなのです。私たちは無謀になってはいけないが、神さまからの促しがあればそれは祝福へと繋がることだという認識は大切なことです。
 今年の個人的な抱負は「施し散らして富を増す!」 楽しみです。