オリンピックの開会式をテレビで観ていたら、リアルタイムで小学生時代からの同級生から会場の華やかな写真と共にメッセージが届き感動した。彼はオリンピックの照明の責任を負っている。一年も延期になりながら戦っている親友のために祈ってきたが、心遣いが嬉しかった。
テレビで観ていると会場のイスの色が不規則に何色もバラバラに散りばめられている。それは無観客と思わせないような視覚的工夫だそうだ。確かに映像で見ると照明の色によっては、満席の観客が応援しているようにも見える。そして富士山をモチーフにした聖火台が開いて階段が出現するのだが、実は中で16名のスタッフが人力で押して開いているそうだ。コスト削減のためか、突然の故障などを回避するためなのか理由はわからないが、様々なところに工夫が施されている。私たちは当たり前のようにして見ていると何も気付かないまま過ごしてしまうが、様々な感動や便利の背後には、悩み苦しみながらそれを担っている人たちがいるからこそのものであることを忘れてはならないと思わされた。まさに“世界は誰かの仕事でできている”ことを感じながらの開会式だった。
先日、ある方からのラインに「私は日々の日常にいつも神さま探しをして、ここにもここにも!働きがあった。導きがあった!と感謝しています。」と書かれていた。このような生き方をしている人は、毎日が恵みの連続であると思う。先ほど書いた「世界は誰かの仕事でできている」ということを意識すると視野が広げられていくが、アドバンスコースは、「世界は神の支えで成り立っている」ということを意識することです。
「神は、すべての人々に命と息と万物とを与え、また、ひとりの人から、あらゆる民族を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに時代を区分し、国土の境界を定めて下さったのである。こうして人々が熱心に追い求めて捜しさえすれば、神を見いだせるようにして下さった。事実、神はわれわれひとりびとりから遠く離れておいでになるのではない。われわれは神のうちに生き、動き、存在しているからである。」(使徒行伝17章25~28節) 今週も“神さま探し”をして楽しみましょう!