教会のクリスマスの集会も一通り終了し、一息つきながら瞑想していたときに、神さまが力強く私の腕をつかみ、主ご自身が教会を抱きかかえながらご一緒してくださった足跡を見させられ感謝しました。クリスマスのドタバタに突入する前に、私は牧師としていろいろと心配することがありました。教会ではクリスマスに向けて、聖歌隊、フラダンス、男性コーラスの練習が行われ、その裏では、サークルや中高生の集まりがあり、またそれらに属さない人たちのテーブルを囲んだ談笑会(?)もありで、他人様の教会をお借りしていながら、このようなことを言うのも申し訳ないのですが、礼拝堂と小さな母子室、6畳の小さな部屋が一室しかない場所で、どのようにして日曜日の午後礼拝が始まるまでの2時間で、それぞれのグループが練習をすることができるのか? 普通に考えてみるならば、不可能です。どこかで混乱が起こってもおかしくはない状況です。大きな教会で仕えていたときでさえ、部屋取りのトラブルはありましたから、そこが一番の心配でした。私は祈りました。「どうぞ、部屋数のない教会を用いてサタンが働かないようにお願いします。5つのパンと2匹の魚で5千人を養われた主が、会堂と母子室と小さな部屋一つで、すべての会が満たされますよう奇跡を行なってください!」結果は、祈りの通り、なんとかなりました。神さまがご介入されると、不可能は可能になることをもう一度教えられたクリスマスでした。
人が増えるに従って、様々な形で、牧師の許可は得ながらも率先してお手伝いくださる有志たちが加えられるようになりました。それぞれの個性が活かされながらも、キリストにある一致がある。これぞ真の教会の姿だと思わされています。その時その時、必要な時に必要を備えてくださる神さまの御業に感謝しています。
 先週の心のオアシスで紹介した星野富弘さんの詩の一節をお借りするなら、「神様がいるんだもの なんとかなるさ そして いつもなんとかなった」というのが、私たち開拓教会の今までの歩みです。そしてこれからも主にあってなんとかなっていくでしょう。良いお年を!