旧約聖書とは、「古い(旧い)契約(約束)の聖なる書」の略です。ということは、新約は、「新しい契約」であることはお分かりになるでしょう。聖書は、神と人との契約書とも言えるものですが、旧約と新約の違いは何なのでしょうか? 旧約はモーセを通して神がイスラエルと結ばれた契約で、「あなたがたが従うなら、宝の民となる」という内容です。モーセの十戒は、「あなたは~しなさい。」と、主語が「あなた」「人間」なのです。要は「祝福を受ける受けないは、あなた次第ですよ」ということなのです。それに対して、エレミヤが預言した新しい神の契約は、「わたしは、彼らの不義をゆるし、もはやその罪を思わない。」というように、主語が「わたし」すなわち「神」の側が一方的に契約してくださっているのです。私たちは自分で聖くなろうと思っても肉がそうはさせないという作用が働くので、結局自分で自分を救うことはできないことに気づくのです。そして神さまに救いを求めるようになることを、歴史全体を用いて神さまが教えてくださっているのです。では旧約は不要だったのか?と言えば、そうではありません。旧約あっての新約なのです。律法は守らなければならないのですが、守りきることができない私たちは、神さまに委ねるしかないのです。神さまの側は、人を救うために何をしてくださったでしょうか? イエス・キリストを通して自ら十字架にかかり、私たちの罪の代価を支払い旧約を全うしてくださいました。だからこそ、私たちは罪なしとされたのです。私たちは「信じるだけで救われる」という新しい契約の時代に生かされています。ですから私たちがすることは何もないのです。あとはただ神さまが私たちに与えておられる人生の使命、神実現のために生きることを神さまは願っておられます。
 イエスさまは、十字架にかかることも重要な使命でしたが、神が人間にとっては最大の壁である「死」さえも御手の内においておられることを示す必要がありました。ですから死んで終わりではありませんでした。墓に納められてから3日後、死より甦り死に勝利されました。これは、信じる者はすべて、キリストにあって死んでも生きる、天国の保証が与えられているということなのです。2千年前から、イエスさまが復活されたことをお祝いするようになりました。それがイースターなのです。
 イエス・キリストは今も生きておられます。ハッピーイースター☆