1953年4月、神学校で勉強するために地方から出てきた私には、お金がありませんでした。毎週の礼拝献金から、勉強するための本代、日用品を買うお金のために、神学校の裏山へ登って、草の上にひざまずいて、ひたすら神様に祈って部屋に戻ると、いつも奇跡が待っていました。二学期に入る前に、必要な新しい本を買っておくようにと言われました。値段は350円でしたが、私にはその時10円のお金もありませんでした。机の引き出しの片隅に、小さな紙箱があったのを思い出しました。そのころ、教会や、幼稚園の子供会でお話をすることがありましたが、お礼にいただいたお金から十分の一を、神様に捧げて紙箱に貯めていたのです。主の御用のために使っていただくつもりでした。丁度、その箱に400円入っていました。「しめた」と思いました。でも、その時「これは主のために特別に分けておいたお金だから、自分のために使ってはいけない」という声が、心の奥から聞こえてきました。祈っても答えがこない状況の中、待ちくたびれて、ついに神戸にあるキリスト教書店へ出かけて行きました。手にはしっかりとあの400円が握られていました。書店の入り口の戸を開けた時、真っ先に目に留まったのは、日めくりのみ言葉のカレンダーで、「神の国とその義とをまず第一に求めなさい・・・」と、真っ黒なスミで書いてありました。結局購入を断念して、すごすごと神学校へ戻りました。「神様! どうして、私だけがこんなに、お金のことで苦しまなければならないのですか?!」涙が溢れてきました。重い足取りで部屋へ戻ってきた時は、日がすっかり落ちて、薄暗くなっていました。ベッドにひっくりかえって、ぼんやりと天井を眺めていると、祈って送り出してくれた故郷の教会の人たちや、懐かしい教会学校の生徒たちの顔が、次々と浮かんできました。私は「やっぱり祈ろう」と、机の前にひざまずきました。電灯をつけると、私の机の上に、新聞紙の包みがおいてあり、「天より」と書いた紙がのっています。「何だろう?」と開けてみると、何とピカピカの新しいあの本だったのです。込み上げてくる感動に私はオイオイ泣きました。私は本のうしろに書きました。「求めなさい。そうすれば与えられます! 天よりこの本を与えられる。感謝!感謝!ハレルヤ! 1953年8月7日(金曜日)」
(金井由信著「小さなささげもの」より引用)