ある教会で、日曜日の礼拝時に感謝献金を献げた人の袋に書いてある感謝の内容を紹介して、共に祈るという機会があったそうです。その内容を見てみると、おもに健康、誕生、引越し、昇進、合格などの感謝が多くありました。ある時は「神様。無条件で感謝します」と書かれた感謝献金を紹介して、他の人たちと一緒に祈りをささげました。またある時は、神様。ただ感謝します」と書かれていたことがありました。次の週には、「神様。いつでも感謝します」と書かれた封筒もありました。その次の週には、「神様。いろいろ感謝します」という内容の献金もありました。最初は何のことか分からなかったそうですが、しばらく後になって納得したそうです。その言葉は「一瞬一瞬」という意味でした。厳密に言うと、私たちが神様にささげる感謝は「無条件」から始まらなければならないのです。その理由は、私たちがささげなければならない感謝はあまりにも大きく、たくさんあるからです。そして、毎時間、毎秒、一瞬一瞬、永遠に感謝をささげなければならないということに気が付かれたことをお分ちしておられました。
アメリカで用いられている伝道者は、少年時代、吃音(どもり)のため、いじめられ、また難しい家庭環境の中で、誰にも愛されていないという心の貧しさと寂しさを味わいながら過ごしていました。泣きながら教会の牧師に電話を入れると、すぐに飛んできて、少年の悩みを聞いてくれました。「どうして僕の人生は、いつもこうなのですか? どうして僕の生きている環境は、こんなに辛いのですか?」するとその牧師は持参したアコーディオンを弾きながら、「神様は何と大きく、広いお方なのでしょう。この大きな天と地を造られたお方が、こんな小さな私たちの心の中に住んでくださるなんて・・・」そして歌い終わってから、いつもこう言いました。「君のそのような苦しい時にこそ、神様の大きな腕の中に飛び込む時なのですよ。状態が悪くても、それでも神さまは君のことを愛しているのだから・・・」 神さまに飛び込めることに感謝!