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【メッセージ】2014年1月26日 苦難や弱さの目的シリーズ(7)「苦難や弱さも用いられる」

コリント人への第二の手紙6章3〜16節

6:3この務がそしりを招かないために、わたしたちはどんな事にも、人につまずきを与えないようにし、6:4かえって、あらゆる場合に、神の僕として、自分を人々にあらわしている。すなわち、極度の忍苦にも、患難にも、危機にも、行き詰まりにも、6:5むち打たれることにも、入獄にも、騒乱にも、労苦にも、徹夜にも、飢餓にも、6:6真実と知識と寛容と、慈愛と聖霊と偽りのない愛と、6:7真理の言葉と神の力とにより、左右に持っている義の武器により、6:8ほめられても、そしられても、悪評を受けても、好評を博しても、神の僕として自分をあらわしている。わたしたちは、人を惑わしているようであるが、しかも真実であり、6:9人に知られていないようであるが、認められ、死にかかっているようであるが、見よ、生きており、懲らしめられているようであるが、殺されず、6:10悲しんでいるようであるが、常に喜んでおり、貧しいようであるが、多くの人を富ませ、何も持たないようであるが、すべての物を持っている。6:11コリントの人々よ。あなたがたに向かってわたしたちの口は開かれており、わたしたちの心は広くなっている。6:12あなたがたは、わたしたちに心をせばめられていたのではなく、自分で心をせばめていたのだ。6:13わたしは子供たちに対するように言うが、どうかあなたがたの方でも心を広くして、わたしに応じてほしい。6:14不信者と、つり合わないくびきを共にするな。義と不義となんの係わりがあるか。光とやみとなんの交わりがあるか。6:15キリストとベリアルとなんの調和があるか。信仰と不信仰となんの関係があるか。6:16神の宮と偶像となんの一致があるか。わたしたちは、生ける神の宮である。神がこう仰せになっている、「わたしは彼らの間に住み、かつ出入りをするであろう。そして、わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となるであろう」。