長距離トラックの運転手が、自分の体験を新聞に投書していました。「その日、自分は夜っぴて運転し続けて、あと少しで目的地に到着す
るはずでした。朝の七時頃だったでしょうか、目の前を一人の小学生が、黄色い旗を手にして横断歩道を渡り始めたのです」運転手は疲れもあってでしょう。いまいましく思い、急ブレーキをかけてトラックをとめました。ところが、その小学生は渡り終えた時、高い運転台を見上げて、運転手に軽く頭を下げ、「ありがとう」といったのだそうです。「私は恥ずかしかった。そして決心したのです。これからは横断歩道の前では徐行しよう。そして、もし道を渡る人がいたら、渡り終わるまで待ち、笑顔で見送ろう」
ほほえみ、優しさ、愛は、このようにつながってゆき、溢れてゆくのです。運転手に笑顔で見送られた人は、嬉しくなって、多分、言葉も、態度も、その日一日優しくなったことでしょう。
マザー・テレサがいわれました。「自分がしていることは、一滴の水のように小さなことかもしれないが、この一滴なしに大海は成り立たないのですよ」さらに、「自分は、いわゆる偉大なことはできないが、小さなことの一つひとつに、大きな愛をこめることはできます」。
小学生の笑顔と、「ありがとう」の一言は、それ自体は小さな行いです。しかし、それが次の人につながっていって、相手の心を優しくし、その優しさが溢れていって、社会に、家庭に、平和を作り出してゆくのではないでしょうか。 (渡辺和子著「面倒だから、しよう」より引用)
私たちは一攫千金を夢見、大きな何かをしたいと願います。そして小さなことは無駄だとか、面倒だと考える傾向にあります。でも、結局は小さな積み重ねが大きなことに繋がっていくのだと思います。関西カルバリーフェローシップの開拓3年半も小さな働きでしたが、それが今日に繋がり、毎日毎週のコツコツがリバイバルに繋がると確信しています。 「管理者に要求されているのは、忠実であることである。」(1コリ4の2)