終戦時において占領軍では、天皇陛下に対するいくつかの処分の方法が考えられていましが、いずれにしても、天皇は殺される運命にあったのです。かつては1万8千人の護衛に守られていた天皇は、今や一人の護衛も持たずして、9月27日、天皇がただ一人の通訳を連れてマッカーサーの前に立たれたとき、ついに捕まえるべき時が来ました。マッカーサーは、天皇が命乞いに来たものと勘違いし、マドロスパイプを口にくわえて、ソファーから立とうともしませんでした。天皇陛下は直立不動のままでこう言われました。「日本国天皇はこの私であります。戦争に関する一切の責任はこの私にあります。私の命においてすべてが行われた限り、日本にはただ一人の戦犯もおりません。絞首刑はもちろんのこと、いかなる極刑に処されても、いつでも応ずるだけの覚悟はあります。しかしながら、罪なき8千万の国民が、住むに家なく、着るに衣なく、食べるに食なき姿において、まさに深憂に耐えんものがあります。温かき閣下のご配慮を持ちまして、国民たちの衣食住の点のみにご高配を賜りますように。」この言葉を聞いたマッカーサーは驚いて立ち上がり、直立不動で陛下の前に立ち「天皇とはこのようなものでありましか! 私も日本人に生まれたかったです。陛下、ご不自由でございましょう。私に出来ることがあれば、何なりとお申し付けください」 天皇は涙をボロボロ流し、「この私に何の望みがありましょうか。重ねて国民の衣食住の点のみにご高配を賜りますように」と懇願されました。
当時の日本人口は8千万人もいませんでした。米国大統領からは、日本に1千万人の餓死者を出すべしと命令が来ていました。しかし天皇の人徳に触れたマッカーサーは、8千万人と水増しして食料を多めに取ったのです。しかし、それは後に、彼が解任される原因にもなりました。 
この天皇陛下の発言に感動しない人はいないでしょう。それ以上に私たちの為に命を献げられたイエス・キリストに感動せずにはおれません。