先日こんな投稿を見つけて考えさせられた。
俺が23歳の頃、就職1年目の冬、俺の誕生日の日のこと。職場の人たちが「誕生パーティーをしてあげる!」というので、家に「今日は遅くなるよ。ご飯いらないから。」と電話を入れたら、父が「今日はみなさんに断って、早く帰ってきなさい。」と言う。「だってもう会場とってもらったみたいだし、悪いから行く。」と俺が言うと、いつもは温厚な父が、「とにかく今日は帰ってきなさ、誕生日の用意もしてあるから。」とねばる。「???」と思いながら、職場のみんなに詫びを入れて帰宅した。家にはその春から胸膜炎で療養中の母と、その父。食卓にはスーパーで売ってるような鶏肉のもも肉のローストしたみたいなやつとショートケーキが3つ。「なんでわざわざ帰らせたの?! 俺だってみんなの手前、申し訳なかったよ!」と言ってしまった。父は何か言ったと思うが、覚えていない。母が、「ごめんね。明日でも良かったね。」と涙ぐんだ。俺は言い過ぎたな、と思った。でも謝れず、黙々と冷えた鶏肉とケーキを食べて部屋に戻った。その2ヶ月後、母の容態が急変し入院した。仕事帰りに病院に行くと、父がいた。廊下の隅で、「実はお母さんは春からガンの末期だとわかっていたんだよ。隠していてごめん。」とつぶやいた。呆然として家に帰ったあと、母の部屋の引き出しの日記を読んだ。あの誕生日の日のページに「○男に迷惑をかけてしまった。」とあった。ワーッと声を出して泣いた。何時間も「ごめんね。」といいながら泣いた。4、5日して母は亡くなった。仕事を辞めて、看病していた父も数年前に亡くなった。父が準備したささやかな誕生日パーティーをどうして感謝できなかったのか。母にとっては最後だったのに・・・。
切ない話ですね。主人公抜きのクリスマスは、たとえ沢山の人たちが集まってパーティーをしても本当は寂しいものなのです。クリスマスは神さまが準備してくださった、私たちへの愛と救いの証なのです!