アメリカとメキシコの国境を、定期的にオートバイで越えていく一人のメキシコ人がいました。この男は、いつも大きな袋に砂を詰めて、オートバイの荷台に載せて国境を通過していました。国境では当然のことながら、国境警備隊が通過する車両をチェックしています。そこの警備隊は、だいたいいつも同じ人で、週に2度もそこを通過するこのメキシコ人とは顔見知りになっていました。毎回このような押し問答がありました。「お前は週に2度も何を運んでるんだ?」「砂ですよ~」毎週砂の袋をアメリカ側に運び入れるのは、何か怪しいと感じ、毎回4時間近くもかけて、その砂を分析するのですが、麻薬や大麻などの成分は何も出てこないのです。「本当に、砂を運んでいるだけですよ~」いつも同じセリフを、このメキシコ人の男は言っていました。そのようなことが毎週2回、5年間も続きました。5年後、その国境警備隊は引退しました。ある日、メキシコへの旅行先の高級クラブで、高い葉巻を吸っている例のメキシコ人を見つけました。元警備隊は尋ねました。「もう俺は引退したから、お前を逮捕することはできない。本当のこと言ってほしいんだが、一体、毎週オートバイで何を運んでいたんだ?」彼は答えました。「オートバイですよ」実は、彼が乗っていたオートバイはメキシコで盗んだ盗難車で、それをアメリカに持ち運んで、せっせと売りさばいていたのです。砂の袋ばかりに目がいってしまった警備隊には、毎回乗っているバイクが変わっていることに気づかなかったのです。砂の袋は、ただのカモフラージュでありました。
私たちにも、現実ばかりに注目してしまい、肝心なことを見過ごしてしまっていることがあると思います。毎日の仕事や学校、子育て、経済など、現実の問題解決ばかりに気を向けてしまいがちですが、永遠に対する解決はできているでしょうか? 「全世界をもうけても、自分の命を損したら、何の得になろうか」(マタイ16章26節)